ああ楽しや、旅の思い出
旅行中って、暇な時間も多いので(飛行場やバス停での待ち時間や暇な夜等)、買い物ノートと共にちょろちょろっと日記みたいのをつけています。買い付け日記書いたらいいのに、とたまに言われるのでそれを元に思い出しながら書いてみようかなぁーと。買い付けというか、半分以上が遊びになっていますが・・・。書き出したらとまらない。興味あるのだけよんでくらはい。徐々に追加していきます・・・
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グアテマラ編 (2001年1月、2002年7月、2003年6月 +++1998年4月〜2000年4月)
メキシコ編 (2000年4月、2001年1月、2002年7月、2003年6月 +++初めてのメキシコは1992年。初々しいOLでした・・・ね?)
エル サルバドル編 (2003年6月 +++2000年3月)
番外編-ロサンゼルスでのトランジットホテル
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感動の再会 (2004年5月@アンティグア)
アンティグアのメルカド(市場)近くの、民芸品市場。1坪くらいの店が並んでて、すべて見るのはたいへんで、いつも途中で戻っていた。今回は、なんとなくすべての店を見てて(あるものを探しててね・・・・カエルのサイフなんだけど)ついに、端の端まで。なんとも閑散としている・・・。おばちゃんの呼び込みに負けて、ちょっとかわいげな赤のタペストリーの値段を聞いてみる。ものすごくふっかけてくるし、本当に残金があやしいので、去年はもっと安かった!と粘り、結局2枚買う。お金を渡そうとしたら、ところで、お名前は?と聞くので、ミホ・・・と答えると、バシーッンと背中をたたかれ、“やっぱり!そうだと思った!ミホでしょう!5年前くらいに織物習ってたでしょう!”と。1998年の5月ごろ(6年前!)、グアテマラについてすぐにアンティグアで語学訓練中に、休みのときに織物を習ってたドラでした!このグアテマラ編の下のほうにも書いているでしょう!そう、ある時から突然いつもの場所にいなくなって。がっくししてたらこんな所に・・・。いやーん!とバシバシ叩きあい再会を喜んだのでした。身長差が30cmはあるし、顔をじっくり見ていなかったのでお互い、あれれ?もしかして・・・なのでした。速攻で娘さんの15ANOSのパーティ(女の子の15歳を祝う成人式みたいの)に招待してくれましたが、ペテンが待っているので(?)断念。ところで織物の腕は・・・と聞かれましたが、日本に帰ってから、というかアンティグアを離れてから全くやっていないのでした。じっくり腰を落ち着けて取り組みたいものです、いつの日か。
| ペテンへのバス グアテマラに入るといつもソワソワ。早く買い付けを済ませて、ペテンに行きたくなる。でも買い付けも終盤に差し掛かってくると本気でお金がないので、ますますケチになりペテンにもバスで移動。グアテマラシティからフローレス、飛行機なら40分、バスなら8時間、往復で、飛行機120ドルに対しバスは30ドル以下(クラスによって往復18〜60ドルだけど、片道Q100は出したほうがマトモなバスに乗れる)毎回バスを選んでしまう。首都のバス乗り場ってホント危険なんだけど行かなきゃいけない。夜の移動のほうがラクなので20時ごろにはバス停に行って周辺で夕ご飯食べて、安全なバス乗り場の中で出発までをダラダラと日記でも書いたり、本読んだり、駄菓子売りの子供から飴ちゃん買ったりして過ごす。ところが2003年6月、この子供達が追い出されていた!駄菓子売りも靴磨きの子供達もいない。子供が働いているは見ているのがツラくなるときもあるけど、ココの子達はホント元気で、騒ぎまくってることも多く、あつかましく、、、ガムやアメを買うのを密かな楽しみにしてたのでがっかり。昼間はいるのかな?ならいいけど。バスの旅は快適で、、、というのは嘘だけど、1999年に首都〜ペテンの幹線道路が完全に整備されたので、それはそれは早くなったし、酔うこともないし、ラクチンです。日本のように時間調整せずに、ガンガン飛ばされると朝5時に到着。このときは、途中で豪雨に見舞われ、かなり危険なので3時間ほど途中で止まってずいぶん遅くなってしまったのでした。 |
![]() Floresの対岸San Miguel |
それぞれの消息
友人にひさびさに会って、波乱万丈な皆様の一年を聞くのも楽しみ。未婚の母に未婚の父。不倫に略奪結婚、離婚、離婚協議中。38歳でおばあちゃんになったり、国際結婚もあれば、グアテマラ人同士なんだけどアメリカ国籍をとるためアメリカで出産。殺人事件に、毎年の山火事に、不当解雇に、賃金未払い、、、、ああなんて日本での生活は平和なんだろう。うわさ好きのグアテマラ人は事細かに教えてくれる。
今まで食べた中で一番おいしいパスタ!
というのが、(だったはず)アンティグアにある。アンティグアに行くたびにそこには行くんだけど、たまにハズレる。あれ、こんなだっけ・・・?でもおいしいんですよ。El
Punto ココでは、シーフードスパゲティ、サーモンスパゲティ、などなどハズレがあまりない。そうそうサーモンとクリームソースのピザは秀逸。手作りのパンもおいしく、前菜も素晴しい。とはいっても一番おいしいパスタというと、コレはココ!というのがあるか。なんせパスタ好き。私の偏った食生活では、家でご飯を炊くことは2週間に一回くらいかな。ペペロンチーノはグアテマラでの同居人Fのが最高。行く度にアレつくってー!これでもか!のニンニクとオリーブオイルだけど美味い。カルボナーラはスペイン人のA。見かけの通り豪快で、ええーっなんだけどオイシイ。キャベツとアンチョビは神戸のニョッキか。明太子系はリュリュかなぁ。憧れは、ゴッドファーザー3でアンディガルシアが従妹(ソフィアコッポラ/マイケルコルレオーネの娘役)と一緒に作るニョッキ。あれ、話がとんでいく・・・・
![]() 協同組合の布・・・全部ほしい! |
![]() 美しきアティトラン湖 |
サン・アントニオ・パロポ 毎回必ず訪ねているサンアントニオパロポ。いくつか目的があって、一つはここの陶器。Ken Edwardsさんが始めて今ではこの村の特産品となって老若男女がこの陶器の製作に関わっている。Kenは会う度にヨボヨボになっているけど、まだまだ元気でホッとする。以前はココでしか買えなかったこのパロポの陶器が、最近はアンティグアや空港でもみかけるようになり、おおーっ皆がんばっているなーと感心。作る人によって、これはないだろう・・・のこともあるけどソコは愛嬌で、愛すべき器たちなのでした。もう一つはココの織物を使った民芸品の協同組合。サンアントニオパロポの布製品は、その強烈な色あわせが特徴。農業や漁業での収入しかなかった村の産業を、織物の製品化という事で盛り上げて、安定した価格で提供してくれる。もちろん値段はそこらで買うよりも高いけど、品質も良いし、来る度に進化した製品に会うのも楽しみ。オジサンは無愛想なんだけどねぇ。そしてもう一つの目的は世界一といわれるアティトランの景観を眺めること。パナハチェルからだと普通はトラックの荷台にのせてもらう。(コレが公共の交通手段。片道Q2ほどだったかな?)2001年と、2003年は自転車で行こうとしたんだけど、途中でくじけて、手前のサンタカタリーナパロポまで。ここまででも十分に美しい景色でした。自転車をヒィーヒィーこいでいると道路で作業している人に笑われたり、ヒューヒューいわれるんだけど、気にしなーい。地元の人にしたらものすごい金額の買い物をする日本人がなんで自転車で、しかも薄汚い格好で来るんだろう・・・日本人なのに車はないのか・・・という感じでしょうね。 |
レマテの太陽発電とカメ遊び
ペテンイッツァ湖のほとりの小さな村 EL
REMATE。ここでは、大人から子供まで、木製細工をつくって観光客に売っている。ノミ一本で器用に形を作り、あとはひたすら磨く磨く、みがく!可愛らしい動物や、船の置物、スプーン・フォーク、ブレスレットなどを作っている。ある時、訪ねると、ふと湖のほうからラジオが聞こえる。何の曲だろう・・と近づくと、なんとボロボロのラジオをお手製の太陽発電で動かしていた。そうかー、電気ないもんな。徐々にバックパッカーが増えてきたレマテ周辺ですが、まだまだ電気はないし、こうやって太陽電池のラジオを聴いたり、夜はロウソクの明かりで過ごして、暑い時には湖で泳ぐノンビリした生活。以前、ここで泳いでいたときに、地元の若い男の子が2人連れでやってきて、大事そうに袋から何かを出して、ギャーギャー騒いでいる。何してんの?と聞くと、コレ!と見せてくれたのが亀。10匹ほどの亀の甲羅をペイントしていました。黄色やオレンジに塗られたカメちゃん、グリーンピースの方々に見つかったら、コラーッだけど、かなりウケた。こうやってカメを捕まえて塗って、逃がして遊んでるんだって。
アンティグアのメルカド
グアテマラと聞くと、行ったことのない人はきっと田んぼと畑ばかりのド田舎だと想像しているかもしれない。いやいやアンティグアはすごいです。東洋のプチパリ、ホーチミンじゃないけど、中米のプチパリ?あ、苦しいかも。中米のNOVA?そうスペイン語学校の数が世界一多くて、安く学べる。だからアメリカを始めとして世界中から、スペイン語を習得したい人や、旅行中でスペイン語をある程度習得して中米・南米を下るというひとが多い。もちろん日本人も多い。さてさてアンティグアには日用品を売るメルカド(市場)と民芸品メルカドがある。民芸品はそこらじゅうで売っているんだけど、いつも行くのが東の端にある洗濯場の近く。以前、ここで、サンアントニオ・アグアスカリエンテスのおばちゃんに織物を習ってたので、グアテマラに行くときには必ずココにも寄るようにしてた。と、2003年6月、なんとその場所には誰もいなかった。近くで聞いてみると、なんでも町中で勝手に売っていた人たちを追い払って、みんな民芸品メルカド(お金を払わなきゃいけない)に移ったとのこと。ドラおばちゃん知らない?と聞くも知らないって。ショック。理由の一つがグアテマラで初めての大掛かりな映画撮影(Donde
acaban los caminos)が行われて、その撮影に邪魔だからとか何とか。鉄筋コンクリートの建物に作られたメルカドは以前から人気がなく、町中にテントを張ったり、路上で売られているメルカドの方が人気があった。だから市の税収を上げるためにか、民芸品メルカドに移したんだろうな。どうも好きじゃないこのメルカド・・・でした。
メキシコ編
メキシコシティのお騒がせユースホステル
この日のフライトは、関空−バンクーバー−ロサンゼルス−メキシコシティ。ケチりすぎてフラフラ。こんな日くらいホテルを予約して、、、と思ってたんだけど、事前にメールしていたホテル(ホステル?)から結局返事が来ずに出発。どうにかなるだろう。空港からチケットタクシーでソカロへ。嫌がる人もいるけど、結構便利なんだよねー。今回はいつも泊まっている所ではない所に行くと、なんと満室、結局いつものホテルへ。翌朝、もう少し安い所、便利な所と、目星をつけていたユースホステルにTELして予約、移動。なんだこんな近くだったのね。朝食つきで100ペソ。これがなかなか当たりのホテルでした。気を利かせて、バルコニーのついた部屋にしたよ・・・だったけど、それはそれは騒がしい通りに面していました。朝晩のラッシュ時には、クラクションを鳴らす車のあまりの煩さに、笑いが止まらないほどです。怒りをあっさりと超えて笑える騒がしい部屋でした。でも、それがメキシコシティらしい気もするし、地下鉄の駅は徒歩10秒だし、角にはたくさん屋台が出ているし、その先は、夜になると、コピーCD屋が並ぶという!私にはたまらない場所でした。なんといっても、このホテルの思い出は同室者。4人部屋のひろーーいドミトリー、フランス人の19歳の女の子。海外旅行が初めてで、1ヵ月後に家族が来るまで、一人でメキシコで旅しなさいと送り込まれたみたいなんだけど、かなりビビっていました。言葉がまったく通じないことがかなりのショックだったようで、昼間からシーツにくるまって、泣いてたなー。何度か一緒にご飯食べたけど、その後どうなったのか。もう一人はペネロペ・クルーズ似のスペイン人、、、私がシャワーを浴びていると、トイレに行きたいのよーーっと、ガンガンドアを叩いてきて、どうぞと開けると上半身裸。その他エピソードいろいろの、激しい人でした。フロントの眉毛のつながったおにいちゃんも親切だし、ガジャベラ(カリブ地方でよく着られるシャツ)がどこが安いかについては、みんなでいろいろと調べてくれて、帰る度に、ガジャベラは買えたか?の毎日でした。あ、近くにはリーバイスのアウトレットがあっていきなり買いまくってしまいました。
ソカロのベジタリアンレストラン
暇なときはソカロをウロウロする。休日ともなるとものすごい人出で、集会や展示をしていることも多くて楽しい。ソカロから金製品をたくさん売っている通りに抜けると、ふとベジタリアンレストランの看板。お腹もすいたし2階にあるこのレストランに入ってみる。地元の人も多く期待が持てる。飲み物、スープ、メイン、デザート、コーヒーで30ペソ。メインも2種類選べて、クリームコロッケとノパル(サボテン?)を炒めたものを注文。メロンジュースから、胚芽パン、クッキーもおいしく、それからデザートも、もちろんメインもおいしくて、かなり満足。窓際の席から、下の通りを眺めてると、ちょっと面白いことに気がつく。おそろいの赤い制服を着た人たち。お客さんはそこらじゅうにある金製品の店に入るときと出るときに、その人たちに何かを渡している。どうやら車で来た人がその車をどこかに駐車してもらってきて、帰る時にまた頼んで配車してもらっているみたい。なんせメキシコシティの交通渋滞は半端じゃない。このソカロ周辺に車で入るなよーという感じなんだけど、まあお金持ちは地下鉄なんか乗らないの?メキシコに来て、外国人はシルバーを買いまくるけど、メキシコ人はゴールドで手堅く貯金(?)して、飾っているのでした。
憧れのシワタネホ・・・のはずが
シワタネホ・・・という響き。どこかで聞いたことありませんか?ショーシャンクの空へという映画、無実の罪で刑務所に入れられた主人公(ティム・ロビンス)が脱走して、その後メキシコのシワタネホという海岸の町に住み着き、そこへ刑期を終えた刑務所仲間(モーガン・フリーマン)が訪ねてくるんだけど、それがこのシワタネホ(Zihuatanejo)の海岸。船の手入れをしている美しいビーチです。2002年にいきました。すっかり観光客の多い町でしたが、となりのアカプルコほどでもなくいい感じ。そこからボートで美しい各海岸に渡るんですが・・・、ひとりセンチメンタルジャーニーに浸るはずが、playas
las gatasへのボートに乗り合わせたタスコから来たメキシコ人のおばちゃんに捕まる。“ああ、良かったあなたも一人なの!一緒に行きましょう!実は一人旅なんて人生で初めてなのよ!タスコに住んでいるんだけど1年前に離婚して、心配した友達が遊びに来なさいって言うから1ヶ月前にシワタネホに来たんだけど、一人で出るのがこわくてずっと家にいたの!ああ、日本から一人旅だなんて、スペイン語はできる?私と一緒に今日は過ごしましょう!!!”私“はぁ・・・”ということで、長い一日の始まり。海岸で寝そべって一日ダラダラと寝るかーと思ったんだけど、オバチャンの話し相手に。途中からDFから来た金持ち姉弟(姉は16歳、弟は10歳くらい?親が忙しいので二人で飛行機に乗せられて、近くの高級ホテルに1ヶ月近く泊まっているらしい。食べすぎで太め。)も加わり、食べて、飲んで、しゃべっての一日。翌日は、ぜったい一人で、、と早起きしてplaya
linda
へ。午前中は静かに過ごし、たまに通る人と談笑を楽しむ余裕も。しかし、そのうち、ジェットスキーをしないか?だの、踊りに今晩いこうだの、、、、うるさーい。ティム・ロビンスの世界に浸らせてくれ!なシワタネホでした。
| オロスコ メキシコ壁画運動の三大巨匠、ディエゴ・リベラ、ホセ・クレメンス・オロスコ、アルファロ・シケイレス。オロスコの壁画を見たくて、グアダラハラへ。学生の街という感じで、気に入りました。町の中心では野外コンサートをしてて、その周りをぐるっと民芸品を売っている屋台があったり。この辺がグアテマラと違うなぁと思うのは、グアテマラでの民芸品はほとんどが外国人観光客が買うけど、メキシコでは結構メキシコ人が買っていると思う。その辺を歩いてて、あ、あそこのブラウスだ!とか、あのバッグ!とか思うことが多い。それだけ豊かだということと(グアテマラに比べて)、自分達の国の文化を尊重したり、先住民の存在を認めているのかなぁとか思う。例えばグアテマラだと、私がそれらしきブラウスを着てたり、バッグを持ってたりすると、“Pura indita”とからかわれることがあった。あまりいい意味で言われてなく、インディヘナ(グアテマラの先住民族)みたい!と。・・・話はオロスコに戻る。Instituto Culutura de Cabanas では、館内ガイドが一つ一つを丁寧に説明してくれて、そうだったのか・・・といろいろと感心。それからPalacio de Gobierno では、あの有名な“立ち上がる僧侶イダルゴ”を見て、隅々まで鑑賞でき、写真とは迫力が全然違う!本当、来てよかったと感動したのでした。 |
![]() Mural de Hidalgo |
![]() Suena de una tarde dominical..... |
ディエゴ・リベラ 同じく三大巨匠の一人、リベラ。最近では、フリーダ・カーロの夫なんて紹介されることも多いけど。2003年7月、首都のアラメダ公園を歩いていると、近くにディエゴ・リベラの壁画を移した博物館があることに気付く。Sueña de una tarde dominical en la alameda central (ある日曜の午後の夢、アラメダ公園で)を見る。この絵、写真で見たことはあったけど、こんなところで見れるとは感激。メキシコの壁画ってメッセージが強すぎて、受け付けないっていう人もあるけど、私は好き。メキシコの征服の歴史や著名人、重要な出来事を織り込んだこの絵は、隅々まで見るととてもおもしろくて、説明文を参考にしながら、巨大壁画の前に座っていろいろ考える。展示されているフリーダの強烈な手紙や、あるホテルからココに移されたときの大引越し作業の様子なんてのもおもしろく、めっけもんの博物館でした。 |
| オアハカにて 運悪く、ゲラゲッツァ(オアハカ最大のお祭り)の1週間前についてホテルがまったくない。お祭り自体は興味がなく、しかもすぐにグアテマラに行くので3日だけ泊まりたい。ホテルを探して1時間近く、タクシーの運転手をなだめ、すかし、バス停から町までの料金だけで、ぐるぐる回ってもらい、快適なホテルを見つける。お腹がすいてたので即食べに行く。まあ、このオアハカは食べ物がおいしかったぁー。先住民の割合が高いこともあるのかな、でもグアテマラの単一的な調理法に比べて、このオアハカ!直径30cmくらいのトルティーヤみたいなのに肉・アボガド、野菜、フリホーレス(豆)、それからオアハカ・チーズ(裂けるチーズ・美味い!)などなどが載っていてそれはそれは美味い。有名なモレ(チョコレートを混ぜた香辛料をお肉などにかける)、それからその辺で食べるチョリソ(ソーセージ)も、おいしいし、何より、チョコレートドリンクにパンのセットもお気に入りでした。おいしいコーヒーの店もいくつかみつけ、うーんここなら1年くらい住みたいかも、と思ってしまう。メルカドもそれはそれはデカくて、まあ民芸品セクションはそうでもないんだけど、アレブリヘス(木彫り)やブリキ細工、織物、レボソを買う。自分用にはカエルの線香立て(2003年末に床において焚いてたら踏みつけて4本足のうち3本が折れてしまいました。合掌)をかって、本当はバロ・ネグロ(黒い陶器)を買いたいんだけど、この先の強行軍を考えるとどう考えても持っていけず、送るにも不安なのであきらめる。他の荷物は郵便局からまとめて送る。最近、国際郵便料金が値上がりしたのよーと、予想外に高い値段を言われ、ええーっと文句を言うと、“でも、あっちの窓口に行ってくれたら、前の安い値段で送ってあげる”って。その通り、最初に提示された額の約半額でした。 |
![]() ホットチョコレートとパンのセット |
| パレンケからグアテマラへ・・・ オアハカからパレンケはバスで13時間。日本で13時間乗ったらどこまでいけるだろうとか考える。神戸〜東京が7時間+でうーん青森くらいまで行けたりして。パレンケの町は混沌としていて、どうも落ち着かない。夏場のお祭りで町の中心の公園にたくさん夜店が出てて、マリンバの演奏で踊っている人もいたけど、私はちょっと・・・。その発掘物でも有名なパレンケ遺跡を見に行くけど、うーん、ティカルのほうがいいや・・・と思ってしまう。このとき、運悪く、日本語でパレンケについて書かれた本のコピーを持ってて、神殿の一つにやっと上り詰めると、メキシコ人の家族連れ10人くらいに会う。“あー、ちょうどいい。この方がパレンケについて書かれた説明文を持っている。え、どこから来た?スペイン語は?”しかしそんな小難しい文章を訳せるわけもなく、わかりやすい文章だけ説明する。お礼に子供がしていたビーズの指輪をもらう。パレンケ遺跡は、グアテマラとメキシコの国境から約1時間。グアテマラに住んでたとき、このメキシコ・チアパス洲フロンテラ・コロサルとの国境の村Bethelで働いていたんだけどパレンケには行けなかったので、今回パレンケからバスと船を乗り継いでグアテマラ・ペテン県のフローレスまで。250ペソ。快適な旅でしたー。お風呂代わりに使ったり、暇つぶしに行ったり、いつも眺めていたメキシコとグアテマラの国境の川、Rio Usumacinta(ウシュマシンタ川)をはるばる渡るのはなんとも感慨深く、いろいろな思いがよぎりながらの1時間。グアテマラに到着後、入国係官は入国税をせしめようと外国人相手に、“ファイブ・ファイブ!”といっており、5ペソや5ケツァル、はたまた5ドル!を払う外国人がたくさんいたのでした。入国税のスタンプは〜?というと、お前はいい!だって。そしてバスはサンタエレーナ(フローレス)に向かうのでした。 (2002年7月) |
![]() 船旅・・・コロサル〜ベテル |
エル・サルバドル編
意外にかわいいエルサル雑貨
グアテマラでの食事に飽き飽きし、そういえばエルサルのシーフードおいしかったなぁ、ププサもおいしかったなぁ・・・と思い、近いじゃん、行っちゃおう!と2泊だけサンサルバドルへ。グアテマラシティからはペテン県にいくよりも、エルサルの方がずっと近く、バスも頻繁に出てる。目的が食べることなので、荷物も小さなリュックに着替えを少々と、お金もいらないやーとわずかだけ。橋を渡って国境地帯へ。バスの中に乗り込んできた両替屋が、“カンビオーカンビオー、ドラレース、ドラレース”とドスの効いた声で叫んでる。“ドルじゃなくて、エルサルのお金に両替したいんだけど・・・”というと、なんと通貨が米ドルに変わったらしい。知らなかった!じゃあ両替はいらないや。国境地帯では、いきなりププサを売っていて、まず2つ。うまい。ププサはトウモロコシをつぶしたものをトルティーヤなんかよりもずっと分厚くして中に豚肉やチーズなんかを入れて焼いたもの。グアテマラでもエルサル国境近くのサカパなんかではよく食べられている。観光と食事に専念しようと思っていたんだけど、メルカド(市場)で結構かわいいバッグとかを見つけて、バッグとテーブルクロスと買う。さて帰国後。どうかなぁと思ってたんだけど、エルサル雑貨、カワイーの連発であっという間に売れてしまったのでした。昔の地球の歩き方なんて見ると、エルサルバドルの名産品はタオルなんて書いてあるけど、日本から来てタオル何枚も買ってもねぇー。
ゲバラのTシャツ
普通のメルカドの中で、チェ・ゲバラのTシャツを何枚か見つける。デザインがすごく良くて思わず何枚か買う。うーん、さすがエルサルバドル、綿製品はすばらしいなぁーなんて思いながら。さてホテルに帰ってよくよく見ると、グアテマラ製なのでした。グアテマラでもこんな素敵なデザインで、いい素材でできるのか!と驚愕。
ジューススタンド
Liquado (いわゆるフルーツジュースの類)を売っているスタンドで。好きなフルーツで作ってくれる。私の理解の範囲、グアテマラでは果物と一緒に混ぜるのに、con
Leche o con agua? (牛乳か水?)で聞かれる。パインと水で砂糖少な目で頼む。周りを見るとみんなのジュースがピンク色。???だったら、最後に味付けに?Fresa?
(イチゴは?)と聞いてくる・・・NOでお願いしたい。なんだかエルサルのミックスジュースには、ストロベリーのシロップをちょんちょんと最後に入れるのが定番なの?理解できない。
番外編ロサンゼルス
Backpackers
Paradise Hotel !!
2003年7月15日、帰国の長い旅。マイレージを使ったためイロイロと制約があり、グアテマラ→メキシコシティ→ロサンゼルス→バンクーバー→関空と、いつになったら日本にたどり着くのか気の遠くなるフライト。ロサンゼルスでの当日乗り継ぎはできないので、空港で休憩所みたいなところに泊まるか、付近の安いホテルにと思ってた。ところが旅行中にロスに安いホステルがあることを知る。LAの空港から電話するとピックアップに来てくれ(もちろん無料!)空港から車で約15分。場末のモーテル・・・という感じもするけど、幹線沿いで明るい感じ。なんといっても安いしー。ドミトリーなら12ドル。しかも往復無料送迎つき。コーヒーサービスもあり、PC環境もOK.中に入ると、ビリヤードをする人、バーで飲んでいる人、それからプールで泳ぐ人あり、、、それはそれは騒々しいホテルで、ちょっと昔のアメリカ映画という感じ。同室には、ロシアやアイルランド、台湾、イギリス、中国、、、からの旅行者や、9月からの大学に備えたコたち。乗り継ぎだけなんてもったいない!と言われたけど、ディズニーランドにいく歳でもないのよー、私。空港ホテルだと100ドル、トラベロッジやベストウェスタンだとやっぱ50ドルはすることを考えると、今度からトランジットで一泊必要なときはココにしよう!と思うのでした。